つまるところ『ご縁』とは?

小学校受験における合否の結果は「ご縁」の一言に尽きます。

・・・っていうか「ご縁」って何?

合格通知を手にした今では「ご縁」の意味が身に染みてよくわかります。
「ご縁」って志望校に「あの子がほしい」って思ってもらえることなんじゃないかと私は思います。
どの学校にも理想の生徒像というものがありますので、それにかなう子どもがほしいってことなんじゃないかと今になって思います。

話が脱線して恐縮ですが、関西の場合は関関同立系と洛南、四條畷学園は、どちらかと言えば基準点重視の傾向があります。
特に洛南の場合は、子どもの実力に加えて親の知性と教養を求めるというシビアさ。
何せ面接は夫婦のみな上に親に作文を書かせるくらいですから。
基準点重視とは言いましたが、しっかり家庭で躾されていることや幼児教室で訓練されていることが前提なのは言うまでもありません。
これらの前提を満たしているのもまた「ご縁」になるのかも知れません。

余談ですが、四條畷学園の場合は、足切りがありますのでご用心ください。
例えば、面接や考査がハイスコアでも行動観察のスコアが基準値を満たしていない場合は残念な結果になるってことね。

逆に中堅校や非上位校、追手門や京女のような伝統校の場合は、基準点に加え、「ご縁」にこだわる傾向がどちらかと言えば強いです。
定員割れであろうが、基準点を満たしていようが「ご縁」がないと判断されれば容赦なく落とされますので、ある意味、中堅校や非上位校のほうが「ご縁」についてシビアなのかも知れません。
追手門や京女に至っては一層シビアでしょうね。

「ご縁」について話を戻すと・・・

「ご縁」とは、前述で書いたように、志望校に「あの子がほしい」と思ってもらえることなのかも知れませんが、更に言えば相性やマッチングを指している点が大きいような気がします。
相性が合う、理想の生徒像にマッチすると判断されれば「ご縁」があり、その逆は「ご縁」がないということです。
では、どういう点で「ご縁」がないと判断されるのでしょうか。

一例を挙げると、のんびりした雰囲気の学校に鼻もちならないタイプの子や生意気なタイプの子
規律が厳しいキリスト教系の学校に個性的でマイペースな子
難関校にゆっくり物事を理解するタイプの子
女子教育の学校にお転婆にもほどがある子
質素を重んじる仏教系の学校に全身ブランドの派手な親子
インターナショナル系の学校に没個性的でおとなしすぎる子

・・・どれもミスマッチですよね。
相性が合わない+ミスマッチ=『「ご縁」がない』なのかも知れません。

我が家はありがたいことに第一志望に合格をいただきましたが、やはりご縁があったということなのでしょうか。
いいえ、ご縁があったんです!
「ご縁」に感謝。
これからも「ご縁」という言葉を大切にしたいです。

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