安全な登下校のためにも・・・

娘の学校では、保護者同伴での登下校をしてもよいことになっているため、保護者同伴で登下校される生徒さんが割といらっしゃいます。
小学生にもなって保護者同伴で登下校だなんて過保護だ・・・と思われる方もいらっしゃるかと思いますが、私はそうは思いません。
子どもを狙った犯罪や高齢者による交通事故があまりにも多すぎますので、保護者同伴の登下校をフランスのように義務化してほしいと思っているほどです。
たとえ六年間は無理だとしても、せめて低学年の間だけは保護者同伴で登下校したいですね。

・・・ところで、

前述で、保護者同伴での登校について書きましたが、実は、多分にもれず我が家も保護者同伴で登下校しています。
できれば六年間続けたいと思っていますが、さすがに無理がありますのでせめて三年生までは続けたいと考えています。
時々、同伴しない時もありますが、そんな時は逐一連絡を取り合ったりGPSで追跡しています。
私立っ子にとってキッズケータイは必須アイテムですからね。

さて・・・
ここからが本題です。

震度6弱の地震が京阪神を襲ったことは皆様もご存じかと思いますが、京阪神エリアに住む多くの方が震災に巻き込まれました。
長時間も電車内に閉じ込められた方もいらっしゃれば、線路上を歩くことを余儀なくされた方もいらっしゃいます。
梅田~江坂付近では帰宅難民で溢れかえっていました。
家屋が半壊した地域も少なくありません。
そして我が家もまた震災を目の当たりにしました。

その日は、いつもの時間にいつもの電車に乗って登校していました。

いつものように電車の景色を見ながら娘とおしゃべりをしていたその時、突然電車が一瞬だけ縦に大きく揺れました。

その直後に電車が急停車し、急ブレーキの振動で今度は車内が横に大きく揺れました。

急停車した直後に一斉にスマホのアラームが鳴り響き、私のバッグの中からもアラームが鳴り響きました。
乗客の皆さんは、スマホを取り出し情報収集している様子で、場が騒然とすることもなく至って冷静でした。
それからしばらくして、スマホから遅刻の連絡を入れる方がちらほら出始め、私も学校に連絡を入れました。
ちなみに学校では、現時点で登校している生徒さん全員をグランドに避難させ安全確認をし、まだ登校していない生徒さんは順次個別に連絡をする最中だったそうです。
娘は、電車が揺れた時は驚いていましたが、表情からも不安な様子は感じられず至って冷静ではあったものの、何度も私に「いつ電車が動くの?」と聞いていました。
車内に閉じ込められた状態から一時間が経過した頃にようやく電車が動き出し、無事登校。
娘の他にも同じ電車に乗っていた生徒さんが多数いましたが、どの生徒さんも至って落ち着いた表情だったので安心しました。

もしも娘がひとりで電車に乗っていたら、こんなに冷静にいられたのか・・・考えただけでも不安ですし、つくづく保護者同伴で登校してよかったと思わずにはいられませんでした。

娘より一学年上のお姉さんは、こまめにお母様に電話していたそうですし、六年生のお姉さんたちは、友だち同士で固まって行動していたそうです。
いくら保護者同伴での登下校が許されているからと言っても、いつかは保護者の手を離れなければなりませんので、日頃からどんな行動をとるべきかを話し合う必要があると思います。

こんな時、ふと元・プリンセスプリンセスの岸谷香さんのインタビューのことを思い出しました。

岸谷さんのお嬢さんは都内の私立小に電車通学しているそうですが、東日本大震災があった日に電車内に長時間閉じ込められたそうです。
幸いにも岸谷さんは無事にお嬢さんに会うことができましたが、気が気ではなかったと思います。
岸谷さんのオフィシャルブログにも当時のことが書かれていますので、ぜひご覧ください。

最後に・・・

私は、阪神淡路大震災を経験しています。
空襲の後のような神戸の街を今でも忘れることができませんし、着の身着のままで神戸から徒歩で逃げてきた方を知っています。
あの震災を目の当たりにしたはずなのに、京阪神に限って大丈夫だろうと思いこんでいました。
しかし、まさか京阪神が震源地になろうとは想像もしていませんでした。
日本に住む限り、どこが震源地になってもおかしくありませんし、地震を対岸の火事と考えることをやめなければなりません。

【参考リンク】

  • 小学校受験 - 東日本震災を通じて
  • 「3.11」後、子どもの学校どうしますか?
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